fc2ブログ

慶応3年

大名休息帳
 御大名休息帳が慶応3年に作成され現在に残っている。

 慶応3年ってどういう年だったのかなあ?
 夏目漱石が誕生しています。

 明治天皇がこの年に即位。
 
 高杉晋作没。 徳川慶喜朝廷に大政奉還。
 坂本竜馬暗殺。等々

 高杉晋作、坂本竜馬、の他西郷隆盛、中岡慎太郎、板垣退助、後藤象二郎、桂小五郎、大久保利通等々たくさんの若者が天下国家を論じてそして行動する。大活躍をした時代です。

 こんな時代の西国から京都を目指した街道の一軒の休息所。
 これらの若者たちが休息したかも知れない休息所。

 古くは、源義経が平家との戦いのため、この街道を通り、「ひよどりごえ」へ。
 足利尊氏も裸がやのいわれがあり、戦国時代の八上城等々。

 歴史には事欠かないこの地域。

 例えば、八上城を取り上げるならば、八上城と丹波市の黒井城の同盟を分断するために作られた大山金山城址からは八上城と黒井城が見事に見渡せる位置に作られており、時代の怨念を越えて、篠山市と丹波市を結ぶ何らかのイベントが開催できないか。
 それぞれの山からのろしを上げ結びつきの再確認をする。できれば、他の山城の城址を含め、大きなイベントを組めないか?といった夢さえ・・・・・。

 
 
スポンサーサイト



ふるさと塾の始まり始まり

会場
 昨日、いよいよふるさと塾への参加の日がやってきました。
 午後1時前会場に到着して、まわりを見回すと、側面には畳1畳程の紙に描かれた図面が張られていました。
 明治6年に作成された八上村、八上内村の地籍図でした。
 
 南側には高城山が描かれており、北側には篠山川が描かれています。

会場にはぼちぼち
 会場には、ぼちぼちと来場者が座られており、開始時間にはほぼ満杯となりました。
 なかなか、盛況な模様が見てとれました。

専門家の説明
 塾は始まり、まずは主催者から地域の現状をスライドで説明。
 つづいて地籍図の説明がありました。

 どのようにこの精巧な図面が出来上がったのか?八上上、八上内、八上下がどのように分かれていったのか?
 等について説明がありました。

 「この大きな図面は、地域全体を更に小さく区切り、その小さな区画をイロハ・・・順に測量し、図面に表したものです。八上上と内村氏も村の境はおおよそ人口割で定めたものですが、地形的に谷川を境にして定めたものだろう。」と説明を受けました。
 更に、この地域には荒地の表記が非常に少なく、宅地・田・畑として有効に利用されていた、昔ながらの肥沃な土地であったことがうかがえる。ということでした。

 やっぱり、昔から農業が盛んな地域であったことがうかがえるが、水路も多く、水はけが気になる地域であったこともうかがえる。と

 そのあと、私たち3集落の自治会長が集落の現状について説明をしました。

 やっぱり、圧巻は昔の参勤交代の大名の休息所であった重兵衛茶屋の奥さんの登場でした。
大名休息帳
重兵衛茶屋のおばさん

 話も、先代から聴き伝えられたことや、休息所であったことを証する御大名休息所帳なるものや、大帳、さらには天秤計りや箱火鉢で酒のお燗をする道具を見せていただいたり。

 当時、お燗をする道具がいくつも並べられ、セルフサービスで、酒の燗をし、飲まれていたとの説明を受けました。 これらの道具は、もう少し太平洋戦争が延びておれば、国家へ納めていたところでしたと当時を振り返られます。

 これだけを見ても、銭形平次が箱火鉢で暖をとり、十手を磨いている時代劇が思い起こされます。

 それから百数十年、今では、石油ストーブで暖を取りながら、コーヒーをすすり、ひたすらパソコンとにらめっこしているおじさんの姿です。

 一つでも、次世代に伝えていければというのが結論でした。

 我が地域も、昭和40年当時は200人近くの人口があったのですが、今では120人4割の人口減。
 超少子高齢化の波の中で、はたして・・・・・・。

 最後まで悪あがきをするぞ。力の続く限り。

大日さん

お堂
 1月28日篠山市西本荘にある大日堂のおまつり。

 おじさんも毎年お参りをしています。
 おじさんがお参りを始めて30年以上。

 大日如来は、牛の守り神(守り仏)さんで、その昔は農業は牛なくしてできない時代に農家の宝物であった時代には特に、信仰深かった人が多かったと聞いています。

 先代は、この大日如来を大いに信仰し、このお堂の再建にも大いに協力したとされている。
 そのような関係から、親の意思を引き継ぎ、今も年に1度ではありますが、お参りをしています。

お堂の前では
 朝10時過ぎにお堂に到着すると、すでにお堂では読経が始まっており、お堂の前では、火が焚かれ、たくさんの方がその火を取り囲み、暖を取られています。
 ほとんど、若い人の姿は見受けませんなあ。おじさんなど相当若手の部類に入るのかなあ?

 でも、のぞかな冬のひと時ですねえ。

天保8年

愛宕講帳(天保8年)
 天保8年、写真の愛宕山講帳が作成された年と思われる。今から180年ほど前。

 歴史的には、大岡越前が北町奉行、大目付になった年らしい。明治維新まで30年。
 明治元年が西暦1868年だそうで。

 一方この時代は、天保の大飢饉があり、大阪では大塩平八郎の乱が起こっているそうです。

 我が家では、一番古い位牌方が明治5年に亡くなられており、この先祖の時代に分家されたと聞いており、
 180年程の歴史を刻んでいるんだなあ、と。

 寒くて、労働意欲ゼロ、ただひたすら、電力を消費し、(でも、背中にはり付けるカイロを張って、毛糸の服を着て辛抱しています。
 そんな中で、・・・・・・・。

 暇ですねえ?????

 でも、でも、これも頭の運動であると、指の運動であると、思いこんでやっています。

春よ来い!!早く来い!!
 というところでしょうか。

 とは言うものの、すでに春へ向けて行動しているところも。

 「未来へつなごう元気農業」大試乗会が2月17日・18日にJA丹波ささやま私たちの地域で実施されます。

 私たちの地域にはJA丹波ささやまの生産関係ほ中心部があり、農機の事業所があります。
 前にもつぶやいたかもしれませんが、

 農業立地としては、最も良いところです。
 機械・肥料・農薬・資材・金融(支所)等全ての農協事業が歩いて5分、車で1分のところにあります。

 農業について、何をするにも最高の場所です。

 私たち、今に生きる者たちは、先祖に負けないように、立地を最大限に利用して・・・・・。
 てなことをつぶやいています。いつまでつぶやけるか?????

 

ふるさと塾

ふるさと塾
 朝から寒い。寒い、寒い、寒い、寒い。
 ということで、外へ出ることなど今は想像もつかないほど、部屋の中で凍りついています。

 しかし、凍りついてはいられない状況が・・・。
 29日日曜日、隣のまちづくり協議会からのお誘いで、「八上城下、八上上・内・下の街道集落を考える」と題するふるさと塾に参加する羽目になってしまいました。

 それも、物識り人ということで煽て上げられて。(実態は、今自治会長をしているだけのこと。)

 ということで、先日から地域の古老の皆さんから色々と教えていただいていたところですが。

 しかし、他の集落の物識り人は詳しくご存じの方ばかりですので、色々と教えていただけるのではないかと思っています。

 興味のある方は是非参加をいただきたいと思います。

 場所 兵庫県篠山市糯ケ坪83番地1
 問い合わせ 電話 079-552-4857(池田様)

災害協定

 先日、愛媛県愛南町、愛知県犬山市と篠山市の間で災害協定を結んだという記事が新聞に載っていました。
 あれ、愛南町どこかでこの名前見たような気がする。どこだったろう。
 そうや、おじさんんがブログを始めたころからのリンク先「紫電改を伝えたい!あいなんからの祈り」さんの古里ではないかと。
 そうであれば、別の観点からのつながりが新たに。
 よろしくお願いします。

 ところで、篠山市は、愛南町、犬山市の他、千葉県館山市、秋田県大館市、岐阜県郡上市、高山市とも協定を結んでいます。
 いざというときにお互い助け合う。3.11の教訓が、さらに大きな絆づくりへと。
 大変いいことだと。

 ところで、おじさんんこの6つの市町どこへも行ったことがない。是非出かけてみたいものです。

ゆき、ゆき

篠山川
 思っていたほどの大雪にもならず、道もしっかりと走れそうなので、あちこち駆け回ってきました。
 普段何気ない景色が、雪が降ると・・・・・・。

 まずは、篠山川から見た盆地西部の山々。

多紀連山
 北側には多紀連山。この山山では、修験者たちが大峰山での行よりも古く修行をしていたという話も。
 源義経の家来であった鷲尾三郎もこの地域の修験者であったとか?(塚もあるようです。)

馬わたし
 高城山の東側、弓月神社まで。この山の稜線は八上城の馬かけ場であったとか。今も馬駆け場の名前は残っています。屈強な武将たちが馬で駆け回ったいる姿。いいですねえ。

 歴史に思いを馳せると、色々とイメージが。

 そんなことを思いながらゆきの中を車で駆ける。少しはそんな気分にも。

今日も天候は

 朝から小雨模様。何となく憂鬱な日。
 家の中に閉じ込められて、ブルーもブルー、ほとんどブラックブルーです。

 やっぱり私は屋外人なんだなあ。
 家の中で、ちまちまとしたことなどできる人間ではない。

 外へ飛び出して、パーっとできるような天気にならないかなあ。
 しかし、しかし、日照時間は着実に春に向かって伸びている。

 春のこない冬はない。冬の次には必ず春が来る。それまでじっくりと。
 春が来れば忙しいぞ。あれも、これも、そっちのことも、あっちのこともしなければならない。

 その時まで、何でも貯めておくか。

 (毎日がこんな記事って、面白みがないかもね。まあ、面白いときも、そうでない時も、やっぱり覗いてくださいね。)

やっぱり

 正月も過ぎ、早4週目。これからぼちぼち行事も増え、バタバタと。と思いきや、

 突然、金曜日の昼、鼻はグズグズ、まは若干涙目、頭は重たい。困った。これは困った。

 今晩も予定があるのに。

 早速、いつものお医者さんへ。「7時半の予定であれば」との返事であったが、「7時半では間に合いません。何とか」とお願いし、「とりあえず、5時半に来てください」

 5時ごろから出かけ、予定通り「農家のおじさん?」とお呼びがかかり、

 体温38度2ぶ。頭ガンガン。のどはあからんで。鼻を麺棒でクチュクチュ(インフルエンダ検査)

 「今のところ、インフルエンダは陰性です。」に一安心。
 薬をいただいて退散。

 家へ帰っても目はトローンとするばかり。
 お断りしてよるの行事は欠席(申し訳ありません)

 薬が効いたのか?ぐっすり朝まで(5時半起床)

 21日は防災訓練、口にマスクをして、防寒万全で出動。
 出動いただいた皆さんからは「大丈夫????」と
 また、午後には別の打合せへと。

 いや、いや、さすが、さすが、心身共に充実してるだろう???????????。
 まだまだ、人生に余力はあります。

 これから、これから、これから音頭で、よよいのよい。

『1.17は忘れない」地域防災訓練

避難完了
 昨日、市・自治会等が参加して「1.17は忘れない」、「伝えようもっと伝えよう阪神・淡路大震災の教訓を」と実施された地域防災訓練に参加してきました。

 8時45分地元集会場に集合。9時には会場へ向かって自動車で出発。9時会場到着。もうかなりの人が集合。
 全体の地域からの集合が9時半。

 10時全体が集合した段階で、阪神・淡路大震災、東日本大震災で亡くなられた人々への哀悼の意をこめて
 全体で黙とう。

防災器具の体験
 防災クイズで「いざというときにはどうそるのか、どう行動するのか」を学び、次からは実体験

 防災器具の体験。兵庫県警から専門分野の隊員が器具を持って参加いただき、ユーモア―たっぷりに説明。
 望遠鏡をのぞいたり、自分の力で石やブロックを割れる道具やパイプさえ切れるはさみ、等を見ながらそれぞれを体験。ブロックを自分の力で割った子供は自慢顔、周りは驚きと歓声。

消火訓練
 燃え盛る炎に立ち向かって消火器で消す消化訓練。子供たちは一生懸命取組んでくれています。

消防車体験
 子供たちが最も興味を持ったのは、パトカー、白バイ、消防車等への体験訓練。

 大人たちは、この子供たちが「地域を守る消防団に加わってくれればなあ」と

 農家のおじさん、1.17ということになるとやはり特別な思いが。
 皆さんと同じように、何か後世へ伝えられることがあれば、これだけは是非とも。

 

昨日も雨、今日も雨

 この時期、雨が降ると全くすることなし。完全休養日。

 ということで、電気代が・・・・・・。心配、心配。
 でも、いつものように、なるようにしかなりません。
 慌ててみても・・・・・・・・・・・・・・・・。

 そこで、皆さんには、4日ほど前に何気ない普通のこの地域の昔からあるものを紹介します。

 地域には、何気ない地蔵尊や石仏が6~7体ほど。(写真での紹介は・・・・。)

弓月神社
 やっぱり、紹介したいのは、弓月神社と

首塚
 首塚。

戦国無頼
 共に高城山の頂上にあった八上城をにゆかりのある史跡。
弓月神社はその昔は砦を構成しており、八上城の守りの要の1つであったろう。
周辺には寺、神社がたくさんあり、それぞれが砦の役割を果たしていたのではと推測する。

丸山古墳?
 この山、どうも丸丸として、人工的な自然のような。名前を「丸山」といい丸山古墳と言われている。

また、弓月神社の周辺にも古墳があるらしいと、歴史書に記されているとも。

 雨天の中でのよもやま話でした。

苦しいときの神頼み

階段
 2~3日完全にスランプに陥ってしまいました。

 何もしていなかったのではない。

 地域を歩いてみて、石仏などの写真も撮りました。景観の写真も・・・・。
 農地水事業の工事開始の打ち合わせにも。市へ要望している事項の実施確認等々。

 本当に忙しい4日間を過ごしていました。

 ところが、どうしてもパソコンの画面に向かう気がしない。キーボードをたたく気がしない。

 これは大変だ。大変だと思えば思うほど、その状況は強くなっていく。困った。困った。

 と、思いながら気分転換を図ってみました。

 苦しいときの神頼み、ということで、近郷では有名な(しかしおじさんは一度も参拝したことがない)曽地の厄神さんが18日、19日祭礼の日であることから参拝してみました。
 長い階段を上ろうとすると、すでに参拝者が。数は多くはありませんが、京都から来ましたという参拝者も。

頂上から見た階段
 百数十段の階段を上ると、「はあ、はあ」おもわず下をのぞいてみました。

厄神さん本殿
 正面に向き直ると、舞堂の向こうに本殿が。 
 屋根は銅版でふきなおされていますが、木組みは昔のままか。

 お参りをし、お札をいただいて退散。

 家に到着すると、ごりやくがあったのか。やっと、画面に向かう気がしてきた。
 神殿では家内安全、無病息災を祈りました。

この日

 平成7年1月17日。おじさんに絆の大切さを教えてくれた特別な日です。

 一人の人間の力というものの小ささを、しかし、それらがまとまって行動すれば計り知れない
力を発揮していくことを私たちは学びました。

 しかし、その絆も時の経過とともに、状況の変化とともに・・・・。
 その意識を維持しようとすれば、日頃からの大変なエネルギーを注入しなければいけません。

 しかし、今、いなかでは、少子高齢化が急激に進んでおり、ひとりの力だけでは・・・・。
 公の力も、広域化、合理化で隅々までは目が届かないのが実態ではないかと・・・・。

 そういった中で、色々なところで、自助、共助の文字が大きくなってしまい、公助が引いてしまっているのが現実ではないかと思われます。

 無駄は省かなければなりません。しかし、必要とすることを省いてしまったとき、そこには無秩序が幅を利かし、どうしようもない世界へとはまっていってしまうと思います。

15日の出来事

とんどの始まり
 さあ、15日の行事のはじまり。まずは「とんど」。

 それぞれの家から正月飾りや5~6本の薪等を持参して火をつけました。
 この集落では隣保ごとにとんどを実施。したがって小規模ではあるが、わきあいあい。

鏡餅のやきもち
 地域によっては、竹に鏡餅を挿して焼くところもあるが、私たちは餅網とさんとくで焼いています。
 ところが今年はちょっと変わったことを。

ぜんざい1
 鏡餅の周りで、切り餅が焼かれています。一軒のお家で切り餅と丹波篠山の小豆でぜんざいを準備いただいた。

ぜんざい2
 お椀に盛っていただき、美味しくいただきました。

畦焼き準備
 午後には、田畑の害虫駆除のための恒例行事である「畦焼き」の準備。竹を切って、一節程度の節を抜き、石油を入れて布でふたをする。
 そして、布に火をつけ、畦の草に火をつけて回る。(当然に事前には消防署へ届け済)

火付け
 ところが、ところが、今日は風もほとんど吹かず、成果はあがらなかった。

 まあ、のぞかな1日でしょ。

古きを訪ねて新しきを知る

 隣のまちづくり協議会からお誘いを受け、「ふるさと塾」に参加させていただくべく、当地域の先輩の皆さんにお話を聞聞いて回りました。

 一つは、昔の地域の反映状況はどうだったのか。屋号等をたどりながら。

 鍛冶屋さん、自転車屋さんがあったり、醤油の製造販売、油(なたね油)の製造販売、麹(こうじ)の製造販売がなされていたり、精米所があって広範囲の地域から、荷車に載せて精米に来られていたことも聴かせていただきました。また、お菓子屋さんも・・・。
 当時の地域の繁栄ぶりが目に浮かぶように説明をいただきました。

 また、お宮さん(弓月神社)の祭礼には出店が並ぶといったこともあって、大人も子供もたくさんのおまいいりがあったようです。

 また、講も盛んで、伊勢講、愛宕講、妙見講、金毘羅講、秋葉講、梅妙講等がもようされていたようです。梅妙講を除いては、小規模ながら現在も続けられています。
 子供たちが中心となって、天神講が夏休みの行事として行われています。

 お寺では、花まつりが春にあったり、8月の24日にほ石心寺では「数珠くり」が行われ、現在もつづいているところです。

 といったような話が、次から次へと。
 これは取りまとめが大変だ。

 でも、この話を聞きに行くと、生き生きとした先輩たちの姿、本当にうれしかったです。

 ところで、今日はというと、これも伝統行事が2つ行われます。

 1つは「とんど」。正月のお飾りを持ち寄って燃やし、その火で餅を焼く、焼いた餅を持ち帰り、健康を祈りながら家族分けあって食べる。

 また、午後には、農家がそろって「田んぼの畦焼き」。害虫駆除のため地域全体で取り組んできましたが、
 天候異変や、植生の変化により、草が枯れてしまわず、完全に燃えきってしまわないのが現実です。

 今後、このような伝統がいつまで続いていくのか。

 私たち地域のおじさんやおばさんが相当頑張らなくてはと・・・・。

丹波新聞から(つづき)

 丹波新聞新年号で、篠山市長は、「篠山の時代」をつくると宣言されています。

 地方にこそ幸せがあり、いきがいがあり安心して住める場所がある。
 篠山市は京阪神から1時間圏内、地方の中でも交通の利便がよく、PRに値すると。

 また、新しい市会議員に望むこととして、
 市民、地域の代表として行政と意見交換をし、意見を戦わせていきたい。
 議員には地域の人と一緒になって、練りに練った政策提言ができることを期待していると。

 この言葉から、おじさんは次のように理解した。
 市民の皆さん、地域の皆さんあなた方の代表としてふさわしい人物を選出しなさいよ。
 あなた方の意見といったものを十分練って、選出した代表を通じて行政と意見を戦わせ、政策を決定していこう。
 地域は自治会長会、まちづくり協議会の中で、問題点を掘り起こし、解決へ向けての方向性をしっかりと示さなければならない。それにも増して、我々の代表としてふさわしい人物を送りださなければならない。
 我々にその準備はできているのか??????。

丹波新聞から

 寒い、寒い、今季一番の寒さのことばが天気予報で報じられると、単純なおじさんは、労働意欲が減退し、体は外へ出ることを拒否する傾向にあります。

 こういったとき、目についたのが丹波新聞
 やはり目につく言葉は「絆」

 超少子高齢化の時代へ陥っている篠山市、今一度、おじさんたちが子供のころ、
 トラクターもない、田植機もない、コンバインもない、今から思えばないないずくめの時代では

 お互いが助け合い、共同して農作業をやってきた。
 それが、お互いのむらづくりに結び付いてきた。いざという時にその絆が力を発揮した。

 そのことを知っているのは、おじさんたち団塊の世代まで。
 ところがおじさんたち団塊の世代は、世の中が便利になるにつれ、より便利なものを求めて多くが都会を目指した。そして、不便なものは次から次へと捨てられていった。

 おじさんたちは親から、祖父母から「もったいない」という言葉を口がすっぱくなるほど教え込まれた。
 しかし、そのことを便利さを追求するあまり、後世に伝えることを怠ってしまった。

 その怠ってしまったつけが、私たちを襲っています。

 今、おじさんたちは、怠ってきたことを後世に伝える最後のチャンスとして「絆」を旗印として村づくりを行っていかなければ・・・・・。自分たち自身を守るためにも。

 と思いながら、新聞のページをめくっていきました。

                                   つづく。

今日は何を

 昨日は、農作業は完全に休みました。

 ただし、やらなければならないことはあったんですよ。

 これをおじさんは雑用と名付けていますが、おじさんにとっては、決して雑用などではなく、ある意味生きがいの一つなのかもしれません。

 今、田舎には多少の高齢者予備軍、そして、多くの前期高齢者、後期高齢者がおられます。

 これらの方々は、病と闘っておられる方もおられますが、「一病息災、体は動くで」という方もたくさんおられます。

 これらの方の経験を生かせる仕事が地元にあればと常に考えられているところですが、今年は生産組合で黒豆を共同栽培し、合間の作業に出役をお願いし、お礼をお渡しできたところです。
 更にこのようなことが拡大できたらと検討をしているところです。

 「高齢者が、生き生きとより良き生活できる地域ができたらなあ」と思う今日この頃です。

ついにやりました

ついにやりました
 やりました。やりました。ついにやりました。

 11月に始めた堆肥撒き、1月9日をもって終了しました。

 今から考えてみると、6,000㎡と田んぼに24トン。1反当たり4トンの堆肥を全面に撒き終わりました。

やっとできました
 細かく見ていくと、堆肥で土が見えないほどの量を撒いたことになります。

 世間の人は「大きい豆ができるわ」「まあ、よう撒けたのう」

 本人は「撒くには撒いたが、果たして豆に実がなるのかしら」と心配。

 でも、でも、やってしまったことは仕方がない。あとはなるようになれ。

 午後はあと片付けに行ってきます。

 少しは、気が晴れたかな?

早連休は3日目

 今日は、9日(成人の日)。世間では連休の3日目。

 我がまちでも成人式が行われます。

 おじさんたちの若いころは1月15日が成人の日で、この日に成人式が行われるのが通例でした。

 今から40年以上前の出来事、懐かしくもあり、歴史を感じる年数でもあります。

 今日は、天気も良さそうだし、室内でグチャ、グチャ(造語で愚痴ばっかり言っている状況をあらわす言葉とする。)しておらずに、パーッと外エ出て作業をするか。
 残された堆肥撒きを。

 そうすれば、黙々と体を動かす中で、また、色々と考えや思いといったものが頭の左側から右側に流れていくだろう。

 その中で、いいものがあれば、フィルターで脳みその中に留めておきます。

 脳みその中に毒素のようなものを残しておくのは良くない。
 フィルターでしっかりと・・・・・。
 

言うだけでなく、しっかりと

 朝、やっぱり4時前には目が覚めてしまいます。

 石油ストーブに火をつけ、新聞受けから朝刊を(あ、そうそう、我が家には夕刊は届きません)取り出し、隅から隅まで(ほとんどは見出しだけを・・・。)

 それが終わると時刻は午前5時。

 それからテレビのスイッチを入れて、ニュース番組、ワイドショー、等々をランダムに見ています。

 いま、どの番組も、消費税の8%、10%議論。消費税を上げる前にすることがあるだろう議論。
 内閣不信任、衆議院解散、国会議員削減、公務員削減が合わせて話題となっています。

 国民は、消費税を上げる前にすることが・・・。それは、経費の徹底的削減であり、その大きなものが国会議員の削減、公務員の削減だとする。

 まさに正論ではあるが、しかし、しかし、一つだけ忘れてはならないことがあります。
 
 それは、地方の例ですが、平成の大合併で区域は大きくなりました。しかし、公務員は大胆に少なくなりました。結果、行政の質は・・・・・・・・?????

 改革といわれるものの「つけ」は完全に住民に降りかかっています。

 中には合併前の話を議論しても、「それは合併前の話で、私は知りません。」等と堂々とまかり通る時代になってしまいました。

 「古きをたずねて、新しきを知る」の精神などどこへ行ってしまったのか。

 危険なのは益々そのような状況になっていく恐れが強いような気がします。
 それを少しでも食い止めるのは私たち世間からの自由人ではないかと思っています。

 言うからにはその責任を果たさなければならない。

 ○○党さん言ったことを責任を持って果たしてください。
 言うだけの人間って絶対に信用されませんよ。

 △△市の市会議員選挙に立候補しようとしている皆さん。
 自分の言うことを責任を持って行えない方は、失礼ですが・・・・・・・・。

 年をとると、朝早くに目が覚めてしまい、いやごとを、自分にできないにもかかわらず行ってしまう。
 おじさんんもそんな年寄りの入り口に入ってしまっているのかなあ。

 でも、でも、こんな年寄りのぐちも大切だと勝手に思っています。

今年も咲いた

今年の蝋梅
 久しぶりの散歩に出ようとしたとき、気が付いたのが我が家で一番最初に咲く花、蝋梅(ろうばい)でした。

 この花が我が家に引っ越してきたのが今から20年程前、先輩からいただいたもので、この場所に移植したのは7年前です。
 その間、毎年、毎年我が家で一番早く花を咲かせ、よい匂いを漂わせています。

 この花に見送られて、約4キロの距離を歩きました。いつものように国道372号線沿いをてくてくと。

こんなゴミが
 歩いていると、やっぱり目につくのがポイ捨てゴミ。
 12月の中頃に、スイーパーで掃除をし、緑樹帯もきれいになっていたが、10日ほどの間にこの始末。
 途中にはこのような考えられないゴミが歩道上に捨てられていました。

しめての成果
 歩くにつれて、袋は満杯。袋には入りきらない段ボール箱さえ捨てられていました。

 美しいまちづくり、看板を作っても、条例を作っても、市の職員がどれだけ努力しても。なかなかその目的は達成できません。

 だって、10年も、20年も、30年も前から叫び続けているのですから。

 一人、一人は自覚し、行動を起こすこと以外に方法はないんですから。

 言うだけでなく、しっかりやりましょうよ

ボディブローがきいてきた

 平成24年になって今日は7日目。

 少しは動こうという意思があり、動いてみたんですが、辺りに白いものが見えると、外での仕事は・・・・。

 そんな意識で7日間も経過すると、体は鈍ってしまい、精神的にもイライラが募るばかりです。
 それに口はパクパク。いよいよ危険信号の一歩手前。

 ボディブローはよくききます。こたえます。

 やっぱり、この年となると体を動かさんと。

 しばらくやっていないことを健康のため、久しぶりにやってみたいと・・・・。
 田んぼ仕事は、まだ、できませんのでその周りをせっせ、せっせと歩いてみたいと思います。

 世間では今日から3連休のところも、昔は休めて、休めて、うれしくて仕方がなかったのですが、毎日が自己管理のおじさんにとってはただの日。

 人が休んでる間に体を動かしたるねん。(いつまでつづくかなあ?)

 道中何か面白いことがあれば、またお知らせします。

辺りは雪、ゆき、雪

 とうとう降ってしまいました。それも大量に。辺り一面雪景色

もやってます
 空も、山も、田んぼも、畑も一面真っ白。地面からはもやが立ちあがっています。

高城山も
 高城山も、雪景色を撮ろうとしたのに、すかっと、はっきりは見えません。

真っ直ぐな道
 この道は真っ直ぐと東へ延びていますが、この道は昔は国鉄篠山線で、昭和40年代に廃線となり、今では農道として利用されています。

屋根
 ところで、我が家の屋根にも雪が積もっていますが、おじさんはこの景色が一番好きです。
 最も気に入った写真です。

 今年は、こんな景色を何回見たら春が来るのかなあ。

 実は、こんな状況ですから、田んぼでの仕事は無期延期となり、いつになったら堆肥撒きが完了するのか全く予定がたたなくなってしまいました。

 やっぱり、できるときはできるだけ頑張ってやってしまわなければ、と反省しています。
 「後悔先に立たず」よく言ったものです。

 それから「育ててみるんだもん♪」さん、ご丁寧に高城太郎のPRありがとうございました。
 あそこまでほめてもらえれば、太郎さんもさぞかしよろこんでいるものと思います。

 大変な力をいただきました。ありがとうございました。

お好み焼きが値上げされた

 テレビのニュースでは年末年始の海外旅行から多くの人が帰ってきた。
 そして、円高の恩恵を受けたくさんのお土産を持って帰ってきたことを知らせています。

 また、CMでは香港○○円、バンコック△△円、ハワイ□□円とおじさんたちの若い頃には想像もできなかった安い価格での海外旅行をPRしています。

 その一方で、円高により輸入品が安くなるはずの小麦やトウモロコシ等々食料品が値上がりし、庶民の食べ物であるお好み焼きやたこ焼きにも影響を与えていることも報じられています。

 なぜ、食料品が高くなるのか?
 そらそうでしょう。食料品の60%以上が外国に頼っており、輸入しているのですから、足元を見られてしまえば、いくらでも払わなければならない。

 日本では人口は減少傾向にあるが、地球規模では人口はどんどん増えている。それらの食料を確保するためには・・・・・。

 やっぱり、自分たちで食べるものはできるだけ、自分で調達しなければ・・・・・。

 また、耕作放棄地を利用して、太陽光等自然エネルギーを利用して発電する施設をといった記事にもお目にかかりましたが、エネルギー問題だけでなく、食糧問題にもしっかりと目を向けてくださいよ。

正月らしさ

はな
 正月らしい姿を何も紹介しませんでしたが、理由は昨日のタイトルのとおり3日間空っぽであった証拠。

 そこで、自慢のものを一つだけ紹介。

 これは、母親が永年にわたって続けてきた正月の飾り。

 母親は、のこぎりとなたでこの花瓶に花を生けてきましたが、農家のおばさんの腕はどうでしょうか。

 今年は母親から引き継ぎ、おばさんが挑戦。出来栄えはどうでしょうか?

 もちろん玄関等にはしめ飾りが掲げられているのですが、やはり我が家の正月といえばこれ。

空っぽ

 1日、2日、3日全くの休み。体も脳みそも完全な休み。動いているのは口と胃袋。

 おかげで、体重は増えるやら、・・・・・やら。
 ドクターストップの可能性さえでてきたかな?

 明日は完全休養日なんですが、この調子だと少し動いてみる必要があるかなと思っています。

 祝鯛も食べてしまいました。数の子も黒豆も、ごまめも。

 まだ残っているのは、蒲鉾ぐらいかな。

 やっぱりカロリーオーバー間違いなし。

 あしたからの目標は、徹底的にカロリー摂取を落とすこと、そして体を動かすこと。

 当面はこれで行きましょう。

 雑用もたくさんあるしな。

年賀状

年賀状
 今年もたくさんの方から年賀状をいただきました。

 親、兄弟からも、小・中・高校大学時代の親友から、仕事の上司・同僚・等からも、そして最近の黒豆・黒枝豆の友人からもたくさんの年賀状をいただきました。

 大手術を乗り越えた友から、病気療養中の友からも元気な便りをいただきました。

 メールをほとんど利用しないおじさん、やはり正月は一番の楽しみが年賀状。

 素晴らしい風習ですねえ。

 ところで、ところで、この年賀状の中に黒豆「高城太郎」が完売したとの情報に触れ、残念だったとのコメントをいただいた。

 今年は、しっかりと事前の予約をいただくことにより、できる限り、丹波篠山黒豆としてではなく自らのブランドで、直接お渡しできるように対応したいと思います。

 いずれにしても、今までのを大切にするとともに、今後も大きくを築いていきたいと思います。

 正月3が日及び4日はお休みとして、5日からはまた、いつもの生活に戻りたいと思います。

 ファンの皆さん 今年も期待してください。

平成24年のはじまり

 平成24年が始まりました。

 今年もよろしくお願いします。

 おじさんは今の生活になってから4年目をとなります。

 今ではすっかり農家のおじさん。精神まで完全に百姓とはなり来てはいませんが、姿だけは・・・。
 作業ズボンに、作業服、JAマークの帽子をかぶって足には長靴を。
 
 朝から晩まで基本的には田んぼで過ごす。
 こういった生活を抵抗感なく続けられるようになりました。

 今年よりも来年はさらにこういった生活が多くなっていくものと思います。

 こういった状況ですから、田んぼに対する愛着、土に対する愛着といったものが、日々高まっていきます。

 こういった状況下において、この田んぼで、この土で作物ができないとしたら・・・・。

 そんなことにならないように、リスクをできるだけ無くするようにできることがあれば積極的にできることをやっていきたいと思います。

 今年の大きな目標として。
プロフィール

hisashi.sasa96

Author:hisashi.sasa96
どうも。
農家のおじさん@篠山です。
定年を機に、ブログにトライ !!
どうぞよろしく。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
農家のおじさん@篠山
QR